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積木とわたし 3/3

つながる生命

 フレーベルやモンテッソーリ、あるいはピアジェやシュタイナーの出現によって、童具や身の回りの形態、素材が子どもの成長発達にとって多大な影響を及ぼすことが検証されてきています。
 五官を駆使し、主体的な活動の対象となり、操作するなかでただちに因果関係を知ることができるかたちが、学びに有効な手段であることは自明です。
 人生における学びとは調和されたつながりの原理を直感し、その中に自分の役割を自覚すること、といまわたしは思うようになりました。
 わたし達はきょうこの日を自然や人や宇宙史の中で生かされています。ものみなに感謝できる生命となってはじめて心の平和、社会の平和は訪れてくるはずです。しかし、現代は個人の尊厳のはき違えからか、ともすると自分だけがよければ可とする風潮があまりに強すぎます。<自分が><わたしが>の意識の中でがんじがらめになっています。
 積木を積み重ねて塔をつくったとしましょう。誰もがてっぺんの三角形のブロックになりたがっていて、柱状の、すでに個としてのかたちを失った立方体の存在には目を向けようとしません。しかし、その積木をひとつ取りはずしたら積木の塔は一挙に崩壊することもあります。どの形も役割をもっています。価値に上下はありません。

積木のシンフォニー

 自然破壊も人間ばかりが我がもの顔にふるまって地球生命の調和あるつながりを無視するところから起きています。
 日常的に問題になっている、少年達の暴力、イジメ、登校拒否などの心の病いの現れも、調和の尊さを教えようとせず、競争原理の中に幼いうちから向わせようとするおとな達によって引き起こされたものです。調和の中でこそ生存しうる者が、調和を拒否した世界に囚われれば限りない病理が生まれるのは当然のことです。
 いつまでこんな愚を繰り返せば気がすむのでしょう。競争原理の果ては孤独しかありません。孤独の中に生の充実はありえない。
 生まれたばかりの子どもがひたむきに母を求め、やがて友を求めることを知らぬ者はありません。
 誰しも共感を求めています。
 愛を求めています。
 調和されたつながりとは愛の原理、美の原理と一致します。
 積木遊びもかたちとかたちのシンフォニーです。
 <発見と表現=創造>の向かうところは、調和であり、愛です。
 豊かな成長のために、子どもたちに積木遊びはなくてはならないものと考え、いまもわたしは積木の創作を続けています。子どもにとってだけでなく、わたしにとっても積木は創造力を刺激する魅力的なツールとなっています。

(和久洋三著)

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