積み木・木のおもちゃなどの童具を紹介する、和久洋三の童具館

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童具とは

玩具や教具ではなく、なぜ童具なのか

『童具』この言葉はわたしがつくった言葉です

 わたしはおもちゃと言わず子どもが取組んで遊び、学ぶ、すべての用品、用具を童具と呼んでいます。
 おもちゃと遊びの本質に関係してくることなので、最初に、この言葉をつくった理由をお話します。
 子どもの遊びや学びのためにつくられた用品用具を、おもちゃ、玩具、遊具、そして、教具、教育玩具、知育玩具などとわたし達は呼んできました。
 遊びと学びの区別をするために二つの意味を持つ言葉がつくられています。しかし、この分類には、矛盾があり、無理があります。

 例をあげれば、積木はおもちゃ(玩具・遊具)なのか、教具(教育玩具・知育玩具)なのか。子どもが自発的に自由に遊ぶ時はおもちゃで、母親や教師に、数や量を学ぶために与えられた時は教具となるのでしょうか……

子どもは遊びの中で無意識のうちにさまざまなことを学んでいます

 積木で遊びながら、左右の高さを同じにするためにどうすればよいか、崩さないように高く積み上げるにはどうすればよいか、常に大きさやバランスに注意して、いつの間にか数量や形体に対する認識を深めています。これは明らかに学びを深めている活動です。  ある数学者はこうした遊びのことを原数学遊びと言っています。積木遊びなどをたくさんさせることは、算数や、数学の基礎形成にとても大きな役割を果たしていると述べています。

遊と学を区別することはできないとわたしは考えています

 童具という言葉をつくらざるを得なかった理由はそこにあります。童具は遊びながら自発的に学びを深める製品です。童謡、童話、童具、どれも子どもの精神を育む大切な文化財です。

 子どもの頃、積木で日課のように遊んだ記憶があります。いろいろな大きさの角柱や円柱がわたしの気持ちのおもむくままに変貌してくれるのが魅力でした。都市計画をしたり、建築家になったり、時には一個の角柱を自動車に変える魔法使い。
 そんな思い出が心に深く残っていたためでしょうか。学生時代に幾種もの積木をデザインしました。一人、二人で遊ぶものも、集団で遊ぶものもつくりました。
 大学を出て、保育用品のメーカーに入社し、そこでもまた積木の創作。保育士の真似ごとを浦和の保育園で体験したのはその後のことです。そこで子ども達がすぐ飽きてしまうおもちゃが多い中で、積木は心をとらえ続ける力があることを再認識しました。

変わらぬものへの希求

 いつの時代にも、どんな民族の子にも変わりなく愛され続ける積木のようなおもちゃがある。できることなら、デザイナーとして、そんなおもちゃをつくっていきたい。わたしの心の中に新たな意欲が芽生えました。
 それは普遍性に対する希求でもありました。あまりにもあっけなく移ろいゆく人の世の姿が若い心に淋しく哀しく感じられたのです。
 確かなものが欲しい、確かなものが創りたい。変節し、変心する自分の心を観るにつけ、感じるにつけその願いは強まっていきました。
 おもちゃとは何か。
 人間とは何か。
 自分はいったい何のために生まれたのか、生きているのか。
 他者を傷つけ、ヌケヌケと生きている自分を知りながら、いつもどこかで変わらぬものを求め続けていました。そして、それは、なぜ積木が子どもの心を掴み続けるのか、という問いと、どこかでつながり合うはずだと思っていました。
 幾つも幾つも角柱からその後も童具を創り続けました。童具と関わりはじめて三十数年。いま、やっと人生の命題と積木の魅力が一致しました。

(和久洋三著/『遊びの創造共育法1巻・子どもはみんなアーティスト』抜粋)

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